妻のがん体験記【あるあるその7】~『生きづらさ』の壁にぶつかる①~

2021年11月29日

おはようございます。
月曜日担当のホーリーです。

前回までのお話はこちらから

妻は、自分ががんであることをすぐに周りの人達に公表しました。

 

それによって起こった様々な反応が、それまで見えてこなかった相手の人間性を浮き彫りにするかたちとなり、結果失うこととなった人間関係もいくつかありました。

 

そのことに対し、妻は

「自分が間違っているのだろうか」

という思いと、

「自分が伝えなくてはならないことがある」

という使命感の狭間で悩むこととなり、『生きづらさ』というものを強く感じるようになったと、後から聞きました。

 

本来、仕事は出来る限り、今まで通りで続けていくつもりでいた本人にとって、公表は職務上の弊害を生まないための『伝達事項』という側面もありました。

 

自分が治療しながら生活の質も落とさないために、必須だと考えたのでしょう。そこを隠してしまって、体調面やスケジュール的に関係者に迷惑を掛けないようにとの配慮も含め、自分の居場所を確保するための準備だったのだと思います。

 

ところが、返ってきた反応の多くが、そういった気持ちをまったく無視した、一方的な『押しつけ』が多かったのです。

 

タイプとしては、

 

①病人はおとなしくしてろ、出しゃばらず健康な人に面倒見てもらって、それに感謝してろ的な、頭押さえつけタイプ

 

②死ぬことを前提にしか話をしなくなる、さらに酷くなると、どうせこいつはもう駄目だから的な、人を見下した態度に転じる手のひら返しタイプ

 

③妙に同情的、感傷的だが、主人公はあくまで自分で、その主演ドラマの演出くらいのことにしか感じられていない、単に自分大好きなだけじゃんタイプ

 

④ただただひたすら避ける、見て見ぬふりで通り過ぎようとする、私はいません、気付いていませんタイプ

 

やろうとしたことは、がんであっても変わらない、『生きやすさ』を求めた行動であったはずなのに。今も彼女にとって不本意なことだったと思います。

 

なぜ伝わらないのか、なぜそうなってしまうのか。

 

抗がん剤によって自分の体力がやはり落ちてくるに従い、また様々な副作用により、今までできていたことが難しく感じられるようになっていくにつれ、気持ちの面でも自信が持てなくもなり、周りの反応に対し自分を責めるような傾向になってしまいました。

 

しかし、そういった中でも、理解や共感を持って接してくれる仲間が現れ、彼女の中に新たな価値観を生み出すきっかけとなってくれたのです。

 

 

著: ホーリー 乳がんの妻を持つ地方公務員

 

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