父のがん体験記22 ~好きなことで人を喜ばせた父~

おはようございます。
木曜日担当の声優の遠藤です。

前回までのお話はこちらから

 

9月6日(月)ガン保険と医療保険の解約手続きの電話、

遺族厚生年金への移行の手続きや介護保険や後期高齢者保険証を返納するため、市役所に連絡、年金に関しては管轄は所沢年金事務所でして、予約制となっていました。年金の処理は早くやっておかないと家計が大変なことになりますからね。

 

9月7日(火)仕事に出かけましたが、思った以上に心というよりも体がやられていて、ほとんど仕事になりませんでした。終わってから父がお世話になったエクラシアにお邪魔して、父の残りのお小遣いの回収と敷金の返ってくるのが父の口座を書いていたため(口座がロックされ入金も出金もできない)、母の口座に振り込んでいただくことにしました。本来ならば、職員の井上さんが対応してくださるはずが、調理場で欠員が出てしまったため、新施設長の佐々木さんに対応していただきました。最後の夜に話したのが井上さんだったので、どんな話をしたのか聞きたかったのですが叶いませんでした。「今日はもう食えねえや」と言って、ほとんど食べられなかったようです。それでもけっこう話をしていたみたいですが、それも影響したのだと思いますが、朝までには急に低体温になってしまったのです。夏から急激に10月くらいの陽気になり寒くなったのも父の死期を早めた原因になったかもしれません。細くなりすぎた体には厳しかったようです。

9月8日(水)。遺族厚生年金に切り替えるには様々なものが必要で、その中に戸籍謄本があり、市役所の支所にてもらってきました。年金に使うものなので費用は0円でした。そして、午後2時。親戚の6人がお越しになりました。父の兄の息子と娘の仁さんと薫、父の姉の秀子さんと、その娘の二人、有美さんと園子さん、そして父の弟の安男さんの6人。安男さん以外は何十年ぶりに会ったので、懐かしかった。子供の頃、父にたくさん遊びに連れて行ってくれたことを感謝していました。そういえば、海に川に旅行に親戚たちと遊びに行った記憶がかすかに残っています。安男さんの子供が病気になったときは、その時、車を持っていたのでは、親戚では私の家だけで、会社を休んで子どもたちを病院へ連れて行ったそうです。そうなんです。家ではけっこうワンマンで威張っていましたが、心の底はすごく優しい人なんです。その優しさと温かみは継承したいですね。近所の人にも、野菜をよく持っていっていた。その感謝の言葉をたくさん頂いた。確かに父は近所付き合いはあまりなかった。しかし、少数の人には濃密に、そして優しさと温かい心で接していたということです。親戚にも野菜を配り、だんだん味のグレードが上がって来てびっくりしたという話も仁さんに伺いました。畑は自分が楽しむために、でも人に喜んでもらうために頑張っていた父。尊敬できないとずっと思っていましたが、そんなことはない。すごい人だった。人の心をこれだけ動かすのだから間違いない。私も負けないように、人を感動させるナレーターにならないとですね。息子である以上、父を超えたいですからね。

でも不思議なものですね。人間的に尊敬は絶対できないと考えていて、ずっと距離を起きながら生活していたところに、コロナがやってきて、会社が休業状態になり、その年の暮に父のガンが発覚し、父に時間を使うことができた。最後の最後で父と時間を共有できたことは、まさに奇跡です。コロナによって生活は様変わりしましたが、逆に私の世界は広がり、収入は増え、父と濃密な時間を過ごせたことを神様に感謝いたします。ありがとうございました。

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著:遠藤章史
ナレーションを中心に芸能の仕事をさせていただいています。昨年から自宅録音での納品もしており、朗読、ナレーション、YouTubeやツイッターやブログ、フェイスブックなどのSNSでも発信中。父の膀胱がんが発覚してから様々な意見を取り入れながら思案・行動してます。父は認知症も患っており、排泄の粗相や、夜中と早朝の徘徊、時間に関係なく、人を呼ぶようになり、自宅での介護を断念。ショートステイを繰り返していましたが、現在は老人介護保険施設に入居しております。父の体力の回復、ガンと、どううまく付き合っていかせるかを模索中の毎日です。

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