パパの、がんと仕事・子育て奮闘記22 ~再入院、有意義な入院生活~

こんにちは。
火曜日担当、ピュアスマイルスタジオの理事の長尾です。

前回までのお話はこちらから

2015年1月3日(土)

明けましておめでとうございます。旧年中は色々お世話になりました。病気でご心配かけましたがボチボチやっていきますのでよろしくお願いします。
1/1はTVの撮影で5時半から仕事。大田区の城南島海浜公園で初日の出、品川の4つの神社で初詣の撮影。小雪もチラついたけれど14時に終了してスタッフと遅い昼食&プチ新年会。
16時半に帰宅。子供達はTVに釘付けで部屋が散らかっていたので子供達と部屋の掃除や年賀状を印刷したり帰省の車の中で食べるように混ぜ御飯のオニギリを作ったりする。混ぜ御飯が水分が多すぎてオニギリにならない失敗のため夕飯として食べる。トホホ。
21時頃実家の犬山に車で向かう。

東名の渋滞は23時前に解消されていたけれど、雪が降り出したので安全運転で今回は途中で仮眠したり、アメリカのドラマ24のⅧを観たりして時間調整して1/2の朝5時半に犬山に無事到着。高速料金が通常8千円弱のところ5千数百円に割引されていた。

雪は途中から降り出したけれど何とか大丈夫だった。
実家では賑やかな正月になった。おせち料理や妹が作った手作りのケーキをみんなで食べた。恒例行事で子供達にお年玉をあげた。あげるほうの懐には優しくないけれど子供達の楽しみでもあるし平和で良い。

 

2015年1月18日(日)

今日は龍と綾音がお見舞いに来てくれた。喉の手術は無事終了して今は点滴で抗生剤、栄養剤などを投与されている。
喉の手術痕の傷は唾を飲み込む時に少し痛むけれど主治医は毎日の検診で順調とのこと。心配してくださった方どうもありがとうございます。

明日から口から食事が取れる。今は鼻にチューブが刺さっているけれど明日には外して貰える。写真はそれからです(*^^*)

一日中ほとんどベッドでTVもネットも一切見ない。睡眠を出来るだけ取り、後はMacBookProで先日撮影した放送大学の授業の映像編集の仕事をして、疲れたら寝るという生活。

これから1/21にいとこの上野山みどりが大森ベルポートの「夢コンサート」に出て歌ってくれる曲の音源を作る。みどりはシャンソンとポップスを歌います。私が作るのは以前名古屋の作詞家のYASUKOさん作詞、私が作曲した「Moon Over」という曲。(私のバンドで演奏した「Moon Over」LIVE音源)

毎月私が夢コンサートのカメラマンをしているので、本当はみどりに内緒で当日私がピアノ伴奏で参加したかったんだけど、入院中で外出許可は出るか?なので音源をCDにして音源で参加の予定。

1/21(水)の12時から45分間JR大森駅すぐそば大森ベルポート1F吹き抜けの大きなホールで行われる無料コンサートですので是非お越しください。
「新春シャンソン・ショー」です(*^^*)   (早口言葉の新種)

 

2015年1月21日(水)

今日は夢コンサートの日。大森ベルポートの吹き抜けの大きなステージでいとこの上野山みどりのランチタイムコンサートが行われました。お客さんも楽しんでいただけたようです。

 

2015年1月24日(土)
飲み込む動作の時はまだ少し痛みがあるけれど術後10日間目にしては順調。先生から当初より3日早く明日の退院が告げられた。
午後外出許可を貰って今年から土曜日に教えている一橋高校に行って今日行われたテストを受け取った。
18時過ぎに龍と綾音に来てもらった。明日の退院が楽なように大きな荷物を持って行ってもらった。
写真は今日の病院の夕飯+母の混ぜ御飯のおにぎり、黒豆の甘煮、ミカン。おとといあたりから病人とは思えない食欲。ご心配おかけしましたがすっかり元気になりました。

後は来週はゆったりして再来週から完全復活。
子供達が進んでお手伝いや勉強をしてくれたら申し分ないがいかんせん朝が弱い兄妹。起こされなくても起きれるか?朝近場でランニングでもしてくれたら最高だけど夢のまた夢。

 

2015年1月25日(日)
今日午前中に無事退院。ご心配をおかけしましたが元気です。
荷物は少なくなったとはいえまとめたら4つになってしまったので龍に品川シーサイド駅に来てもらって荷物を運んでもらった。品川シーサイド駅のすぐそばのイオンのオープンスペースでミニカーのイベントをやっていた。

家に帰りお昼をみんなで食べ、その後風呂でゆったりした。夕飯は私の希望で魚介類や野菜ががたくさん入った海鮮鍋。また一時的に東京に来てくれている母に感謝しています。
久しぶりの自宅で食事を美味しく頂きました。

 

以上が当時のFacebookの書き込みです。

 

前回お知らせした通り、私は1年前にのどの右側の扁桃腺部分にできたがんを抗がん剤・手術・放射線治療というがんの一般的な3大治療(標準治療ともいう)を行いました。

その後、3か月くらいのスパンで治療後の定期健診。1年以上たってからは半年ごとの健診となります、そして5年経って再発が無い場合は医学的に寛解(かんかい)と言って一応治ったといわれます。しかしそれは完治(かんち)という言葉とは少し違います。


完治と寛解の違いは?

寛解は、完治はしていないものの症状を抑えている状況です。 寛解はその後にがん細胞が増えたり転移したりする可能性もあるため、寛解の状態を保つために治療や診察を継続する場合もあります(「アフラック」資料より。<監修>東京大学医学部附属病院放射線科准教授 放射線治療部門長 中川恵一先生)

https://www.aflac.co.jp/gan/yokuwakaru/article/page50.html

しかし1年後に昨年治療した部分と反対側の左側の扁桃腺の表皮部分に極小のがんが再発しその部位の除去手術を行うこととなりました。

今回の再発は極めてまれなケースと言われましたが、先ほどの寛解の言葉の意味を考えればあってもおかしくはないことです。(前回の放射線治療では再発を最小限に抑えるためにその部位に全32回放射線を当てました。(現在は回数は減っているようです)

そして治療の場面では首の放射線を当てたところの状態を確認します。管の先に小型カメラを付けたファイバースコープを鼻の中から通してモニター上で先生が確認しますが、それは常に患者の目の前で行われそれを見ながら説明してもらいます。そして先生はその部位を確認して写真に撮ってその場でプリントアウトして渡してもらいます。データはパソコンに保存されいつでもどの医師でも確認できるようになっています。複眼的な視点でチェックする体制があります。私の場合は主に咽頭科、放射線科の先生が定期的に診察を行い連携して治療を行いました。

のどの色や異物が出来ていないかなどは、定期健診の際にも何回も確認しています。

手術も2回目。セカンドオピニオンとしてお世話になっているがん研での治療ということもあり安心して治療を受けました。

これらのこともあり再発についてはそのリスクはかなり低いけれど起こりえるということは納得していました。定期健診でステージ1(もしくはその前)の状態で見つかったということもラッキーと思って取り組めました。

前回の右側の扁桃腺の除去手術はNTT東日本関東病院でしたが、今回はがん研有明病院でした。

放射線治療を1年前にやっていますので、同じ部位にもう放射線治療はありませんので治療は手術のみです。いつものように超前向きに取り組みました。

12月の中頃に再発が確定しましたが、入院・手術はすぐというわけにはいきません。年末年始が入ることと入院定員の空きベッド確保など諸要件もありできるだけ早い治療をしていただくようにスケジューリングしていただき年明け1月中旬になりました。入院1週間。

仕事は2週間程度休みました。病室にパソコンと楽器のキーボードを持ち込んで無理のない範囲でできることを行いました。
その1、当時放送大学の授業の撮影・編集を担当していました。昨年中に撮影は終了し、2月までに編集を完成して納品しなければいけませんでしたので病室のベッドの上でノートブックのパソコンで編集してデータをネット経由で納品しました。
その2、当時大森ベルポートの吹き抜けの大ホールで月1回行われる「夢コンサート」の撮影を担当していました。1月収録分は私のいとこのシャンソン歌手である上野山みどりが出演することになっていました。撮影は知人のカメラマンである君武さんに依頼。最後のアンコールで私の「Moon over」という曲を私が飛び入りしてピアノ伴奏して披露することとなっていました。しかし私が入院中だったため、伴奏のCDをパソコンで作って渡すこととなりましたのでベッドの上でノートパソコンと、楽器のキーボードを持ち込んで音源を作りました。
看護師さんや主治医の先生方は、「こんなにいろいろ持ち込んでいるのは長尾さんだけです」と、驚かれ、そして半ばあきれたよう言われました。しかし先生や看護師の方々とは仕事の話など聞かれることも多く、いろいろ話すことが出来ました。他の方々は、ベッドで寝ていたり、本を読んだり、食堂で談笑されたりされていました。


入院中の私の日課

6時 起床 自由時間(健康のため毎日ラジオ体操など)
7時 朝食
8時頃 主治医による毎朝の検診
8時半 健康の為の運動(階段の上り下り。7階分くらいゆっくり2往復)・入浴

10時 作業(編集やテスト採点など 2時間
12時 昼食&休憩
13時 編集など作業 3時間
18時 夕食&家族と面会など
20時 自由時間(編集やテスト採点などが終わっていない時は仕事)
21時 消灯(手元ライトで読書、メール、ビデオ鑑賞)
22時 就寝

入院中はこんな感じでした。普段絶対にできない規則正しい生活でした。シングルパパなので、日常生活においては仕事の他に本来は掃除・洗濯・買い物・食事作りなどの終わらない家事をしなくていはいけません。しかし母のおかげでそれから解放されていています。感謝しかありませんでした。
子どもや母とは毎日電話、メール。家からがん研まで電車ですぐなので1週間の入院でしたが3回ほど会えました。

入院は決してマイナスばかりではなく、「規則正しい生活ができて自分を見つめることが出来るチャンス」と思って前向きに取り組むのがお得です!

 

 

 

著:長尾聖生
ピュアスマイルスタジオ理事

私は21歳と19歳の大学生の子供をもつ、がん経験者のシングルパパです。私は東京都の公立中学校で非常勤講師として音楽の教師を30年以上続けて、会社を作りTV番組や音楽関係の撮影・編集の仕事も同じく続けています。

 

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