パパの、がんと仕事・子育て奮闘記13 ~私が病院で決めていた「退院に向けての7か条」~

こんにちは。
火曜日担当、ピュアスマイルスタジオの理事の長尾です。

前回までのお話はこちらから

2014年1月10日

手術の喉の傷が痛いがあと数日は我慢。

昼に母が家に届いた手紙、ハガキを持ってきてくれた。その中に私が教えているある学校の生徒の寄せ書きと写真があった。特別支援学級の生徒達と先生の寄せ書き。

みんな音楽が大好きなのでコメントも暖かい。学校名や写真や名前は出せないので一部のみ。

  

私の眉毛が太いので一人の生徒のコメントに私が漫画のキャラクターのこち亀の両さんに似ていると書いてある。

その生徒に一昨年「両さんに似ている」と言われた時、私は何か面白い返しをしなければと思い、「私は眉毛が郷ひろみみたいに太いから、あだ名は郷きよみだったんだよ」と言ったら郷ひろみを知らなくてすべったことを思い出した(*^^*)

生徒の字はとても丁寧に書いてある。私の子供達は丁寧に時を書かないので、母にこの寄せ書きを子供達に見せてしっかり字を書くように伝えて欲しいとお願いした。

生徒から頂いた寄せ書きの宝物はいつでも見られるようにiPhoneに写真に撮った。それを眺めながら郷きよみは療養しています。
  

朝、昼は重湯の流動食、夕食から三分粥

2014年1月11日

休日なので綾音が来て待合室で勉強。その机の横には2006年に撮影された写真(8年前)

  

綾音(当時3歳)に股間を蹴られて悶絶する龍(5歳)

綾音は算数のプリント1枚と漢字の書き取り1ページをやって、私のパソコンに入っている嵐の曲を聴いていた。

相変わらずご飯を食べたり、飲んだりするのが辛いがもう少しの辛抱。

食事のご飯はまだ三分粥。他のものはのど越しの良いものになってきた。

以上が2014年1月10~11日の手術後数日の様子です。

私が病院で決めていたこと

子供2人を少なくとも成人まではちゃんと育てて元気に過ごしたいのでできることはやるという思いと、だめでもくよくよしないということです。

がんは誰でも起きうる病気で医学の進歩により余命率も上がってきていますが、命に係わる病気であることは確か。私の場合はウイルス性で治る率は高いと言われていましたが喉が腫れて首のリンパまで膨れたのでステージ4です。

後ろ向きの考え方でも、前向きの考え方でも同じ時間を過ごすのなら楽しく過ごしたいということで、笑える環境とできるだけ面白いことを考えて過ごしました。
母がそういう気持ちの持ち主なのでその影響が大きいと思います。

退院に向けての7か条

1、主治医や看護師さんたちに言われることを守る(治療計画など質問があれば必ずする)

2、必ず治るという根拠のない自信を持つ

3、身体を温かくして睡眠を十分にとる(病院なので管理はされていますが、疲れたら昼寝をする)

4、食事(管理栄養士の食事なので残さず食べる。間食は身体に良いものを取る)

5、運動(ラジオ体操、ストレッチ。病棟の廊下を歩く。体調に気を付けて階段を何階も往復して歩く)

6、笑いを取り入れて前向きな心持ちでメンタルの状態を良くする(看護師さんともよくギャグを言いました)

7、無理のない範囲でビデオ編集の仕事、授業の教材研究、読書、映画鑑賞などをする(自由な時間をもらえてラッキーという気持ちで過ごす)

この時点で喉の手術は無事終わりましたので痛みが引けば1/15に一時退院、1/22に再入院して1/23に首の手術でその後放射線治療になる予定でした。

しかし前回お伝えしたとおり、首の手術は傷が思いのほか大きく残ることが分かったので治療を変更しました。1の先生との話し合いが十分にされた結果です。

著:長尾聖生
ピュアスマイルスタジオ理事

私は21歳と19歳の大学生の子供をもつ、がん経験者のシングルパパです。私は東京都の公立中学校で非常勤講師として音楽の教師を30年以上続けて、TV番組や音楽関係の撮影・編集の仕事も同じく続けています。

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