NICU命の授業

2026年2月11日

こんにちは。

学生会員(ピアカルテ)の松本真依です。

先日、今年初めての奏ミーティングが開催されました。ゲストには神奈川県立こども医療センター新生児科部長であり、ドラマ「コウノドリ」の医療監修を担当された豊島勝昭先生をお招きしました。

今回豊島先生のお話をお聞きし、NICUでの様々な時の流れを感じることができました。

共に歩く医療

NICU(新生児集中治療室)は低出生体重児や障がいを持って産まれた赤ちゃんを専門とした集中治療室です。

豊島先生が務めていらっしゃる神奈川県立こども医療センターには、長期入院をしている赤ちゃんとそのご家族のために24時間一緒に生活できる個室があり、夜間の診療の際には明かりを狭めた照明や、治療機器の音がストレスにならないように鳥のさえずりを流す工夫がされています。

そして毎週金曜日にはNICUで治療を頑張っている赤ちゃんやそのご家族のために、Nピアノコンサートが開催されています。

(その様子は豊島先生のインスタグラムなどで見ることができます。)

私が今回の奏ミーティングを通して感じたことは、赤ちゃんが元気に産まれて、抱き寄せて、成長していく・・・それは当たり前ではない。

けれど赤ちゃんが病気を持って産まれても、小さく産まれても、すぐに抱きしめることができなくても、それは決して不幸せではないということです。

ミーティングの中で豊島先生が「高い山(長生き)を目指しすぎて足元の花(小さな幸せ)に気づけないような医療にならないようにしたい」とおっしゃっていたのが印象に残りました。

これは生きていくうえで大切な部分であるのと同時に、見失いがちでもあると思います。

しかし誰でも病気や障がいと向き合うとき、分からないことや不安から、最初から前向きでいられる人は少ないと思います。

でもそんなときに、近くの医療者が豊島先生のような考えを持ち、寄り添ってくれたら安心しませんか?

横で一緒に歩いてくれるような医療は命だけではなく、心も救うと思いました。

治療をして、はい終わり。ではなくて、患者さんと共に悩み、喜びを感じられる医療現場や医療従事者の方がたくさんいてほしいと思います。

人生という道を歩くスピードは人それぞれかもしれないけれど、私は大切な人と一緒に歩けるのならば、高い山を見て疲れてしまうよりも、足元のきれいな花を一緒に数えたい。

私たちの生きている道は、生きる、死ぬ、そういったことばかりではなくて、小さな出来事が濃密でかけがえのない日々を形作るのだと思いました。

私の寄り添いの形

私はこの奏ミーティングを通して、医療学生や医療従事者、がんと闘ってきた人など様々な人と交流してきました。

その中で最近、私にできる寄り添いは“なにもしないこと”だと感じています。

“なにもしない“そう聞くと一見冷たい人だと思われそうですが・・・

“なにもしない“というよりは、”さりげなさ“というのでしょうか。

相手が落ち込んでいたり、悩んでいたりしていたら、肩をぶんぶん回し、元気にしてやるからな!と意気込みがちですが、相手が本当に求めているのは一緒に居る時間だったり、どうでもいい話を聞いてくれる相手だったりするのかもしれない。

落ち込んでいる状況に対するアドバイスやこの先の話でもなくて、「道にネギ落ちてたんだけど!」くらいのどうでもよさや、さりげない面白話の提供なのかもしれません・・・(笑)

そして、今の私にできることはこのくらいだなとも感じます。

だからこそ学び、自分にできることを探し続けたいです。

きょうだい児の存在

きょうだい児とは、重い病気や障がいを持つ兄弟姉妹がいる子どものことを指します。

きょうだい児は病院の中では透明人間になりがちです。

実際、家族で一緒に病院へ行ってもきょうだいだけ病室に入れないため待合室で一人待つことや、きょうだい児保育に預けられる経験をしている子がいます。

そしてどうしても、家族や医療従事者の方たちの意識は病気を持つきょうだいばかりになります。

豊島先生がミーティングの中で「本当のやさしさをきょうだい児は分かっている」とおっしゃっていたのが、きょうだい児である私はとても心強かったです。

そしてミーティング後には「病気の有無、障害の有無で分けられる人間のグループなんてなく、だれもが病気や障がいと大なり小なりタイミングは違う同じ人間なんだということを理解しているのがきょうだい児なのかなと思えています。」と伝えてくださいました。

今の医療現場ではきょうだい児である医療従事者の方が増えているそうです。

ピュアスマイルスタジオやピアカルテ(学生チーム)での活動もそうですが、当事者の方の発信が、今は水面下になってしまっている問題の解消につながっていき、治療をすることで患者さんやその家族が感じる寂しい思いが少なくなっていくのかなと思います。

その未来のためには、まずは知ること。

そして発信して、広めていくことが重要だなと感じます。

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